M&Aコラム
株式譲渡と事業譲渡の違い・メリット&デメリット

株式譲渡のメリットとデメリット
株式譲渡は法人全体の売買であり、すべての資産と負債を受け継ぐため、許認可や従業員の承認手続き、株主総会の開催や債権者保護の手続きなどが不要であり、売り手株主は、直接譲渡対価を入手できることがメリットです。
しかし、税金や時間外手当未払いなど簿外債務が発生するリスクや、特定事業や店舗だけの引継ぎができないことはデメリットと考えられます。また、経営権を確保するためには、発行済み株式総数の過半数51%が必要で、買い手が合併や定款変更などの意思決定を容易にするためにも、株式総数3分の2を取得すべきです。
また、売り手からは、ファンド保有分の株式も一緒に売却可能と聞かされていても、交渉の終盤に、売却価額のもつれなどにより交渉が滞る場合もありますので、役員や従業員以外に株主がいる場合、どのぐらいの株式を買収可能か、調査することも必要です。
取得費と概算取得費を比べて、有利なほうでM&Aできる
少し余談になりますが、株式譲渡によるM&Aは、株主が買い手会社に株式を売却し、売却代金は株主が受け取り、利益は課税対象になります。また、株式売却から得る利益は譲渡利益となり、他の所得と通算されないため分離課税になります。
譲渡取得は売却代金から取得費を差し引いた金額で、取得費は株式を取得したときの費用になります。例えば、資本金1,000万円で会社を設立した場合、1,000万円が株式の取得費になります。取得費が分からない場合は、概算取得費として、売却代金の5%を計上することもできるため、実際にかかった取得費と概算取得費を比べて、有利なほうを選んでM&Aは実行できます。
売却代金を受け取った株主は、翌年3月15日までに所得税の確定申告を行い、譲渡取得費に税率を掛けて税額を出し、納税をする必要があります。税率は取得税の15.315%、住民税の5%、一律20.315%という利率になり、これは他の取得と分離し、税額を計算することが可能です。売却した翌年の確定申告時には、15.315%の取得税のみを納付し、5%の住民税は、普通徴収であれば、その年の6月ごろに自治体から納付書が届きます。
<実際に計算してみると…>
売却代金10億円、取得費5%、手数料3%の場合、取得税は1億4,090万円となります。
住民税を納付するための資金確保も必要です。会社に勤務している株主の場合、住民税は給与から天引きされていますが、納付金額が大きいと給料から天引きしきれない場合もありますし、会社から株式譲渡したことを知られたくない場合は、確定申告の際に、納付方法を選択することも可能です。
みなし贈与に要注意
親族などに株式が分散している場合、M&Aのために株式を主要株式に集めることができますが、そのときの価格には注意が必要です。M&Aの場合は、少数株主から買い集めた価格が、売り手への譲渡価格よりも下回った場合、その差額が贈与を受けたものとし、みなし贈与として贈与税が課せられることがあることにも気を付けてください。
事業譲渡のメリットとデメリット
事業譲渡は、デューデリジェンス、つまり、財務調査で簿外負債の存在が見つかり、法人ごとに買収のリスクが高いときによく利用されます。特定事業や店舗のみを引き継ぐことができ、税金や時間外手当未払いなどの簿外債務を引き継ぐ恐れがないこと、営業権が計上でき、節税も可能であることがメリットです。一方で、許認可や従業員の承認手続き、株主総会の開催や債権者保護などの面倒な手続きが必要になることがデメリットでもあります。
事業譲渡の場合、売却利益に対して約30%の法人税がかかり、事業譲渡による売却代金は、売り手会社が受け取りますので、売却で利益が出れば売り手会社に法人税が課せられます。事業譲渡は譲り渡す事業資産の差額が売却代金になるため、資産には営業権が含まれ、資産と負債の差額が売却益になり、これに税率をかけて納税額を計算します。
法人の利益に関わる税金は、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税などがありますが、これらをすべて合わせて実効税率と言います。法人税は引き下げの方向にあり、2016年度に適用される実効税率は外形標準課税が適用される会社の場合で29.97%になっています。
<計算してみると…>
2016年度に売却代金10億円、資産と簿価1億円、手数料3%で事業譲渡した場合、納税額は約2億6,074万円となります。
事業譲渡では、売却会社でも消費税は課税されるため、売却代金から土地など消費税対象外資産を差し引いた額に、8%を掛けた税額が消費税納税額となります。
事業譲渡で難しいところは、在庫などの棚卸資産が常に変動するということです。おおよその売却代金は決めることはできても、いざ事業譲渡の日にならないと売却代金は確定しません。それにより、法人税や住民税が変わってくるので要注意です。
<例えば…>
10億円の売却代金で消費税非課税財産が1億円とすると、納税額は7,200万円ですが、将来、消費税率10%に引き上げられると、納税額は9,000万円となります。
個人譲渡所得税が他の所得と通算できない分離課税ということに対し、法人税に関わる譲渡益は他の損益と通算できますので、法人税負担が高額になる場合は、できるだけ年度の早いうちにM&Aを実行すべきです。
事業の一部譲渡の選択では、事業承継に有効となるケースも
事業継承の場合、一部の事業のみを売却して、それ以外は残すこともできます。例えば、オーナー社長が年齢や体力的に現在のまま経営することが難しいが、親族に後継者もいない場合、自分でできるだけの事業を残し、他を売却するパターンや、後継者がいても、事業すべてを継承するには能力や時間が足りないという場合、不動産など運営に手間がかからない事業を残し、他を売却するというパターンもあります。
そして、後継者は個人補償を引き継がなければいけないため、後継者の負担を減らすために、一部事業の売却代金で借入金の返済にあてる方法もあります。
事業譲渡により評価額も変わる
事業譲渡により業種が変わると評価額も変わります。取引相場のない株式の場合は、相続発生時の自社株の評価方法には純資産価格方式と類似業種基準方式がありますが、大会社は類似業種基準方式のみを利用でき、子会社および中会社は二つの方式を一定比率をミックスして利用することが一般的です。
一般的に、類似業種基準方式のほうが評価額が小さくなりますが、事業譲渡により業種が変わると、約3年間は類似業種基準方式の利用を税務当局から否認される可能性がありますので要注意です。また、譲渡により役員報酬を支払う場合は、高額になると税務当局から否認されやすく、不動産賃貸業だけを残し譲渡するなどをして高額な役員報酬を得た場合も注意が必要です。
株式譲渡と事業譲渡、それぞれメリットとデメリットがありますので、特徴を理解して、最適な方法を選択する必要があります。
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